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日米通算4351安打という不滅の大記録を打ち立て、今なお現役としてプレーしている孤高の天才プレーヤー・イチロー選手

今や“生きる伝説”と言っても過言ではないほどの存在となっていますが、彼の凄いところは未だに現役というところで、すでに様々な栄誉を獲得しレジェンドとして崇められているにも関わらず、依然として現役でプレーすることに拘っています

現在はメジャーで野球を続けるのか、それとも日本球界に復帰するのかと動向が注目される非常にデリケートな時期ですが、このタイミングで彼が引退したとしても誰も文句は言わないでしょう

むしろ何故引退しないのかが不思議な年齢であり、イチロー選手の満足しない精神、ストイックさにはいつも驚かされてしまいます^^

そんなイチロー選手ですが、やはり彼ほどのプレーヤーになると様々なエピソードが知られており、幼少期から今に至るまでの様々な“逸話”が語られています

その中でも特に有名な話が小学校時代の父親との2人のトレーニングであり、なんでもイチロー選手は子供の頃から野球が大好きで平日はいつも父親である宣之さんと日が暮れるまで練習に明け暮れたといいます

そのようなエピソードからかイチロー選手の父・宣之さんも、イチロー選手が有名になるにつれ名が売れるようになり、次第に野球ファンからは“チチロー”の愛称で親しまれるようになっています

今のイチロー選手があるのは幼少期の父との特訓があってのことですから、多くのイチローファンは宣之さんにも感謝しているのかもしれません

しかしそんな宣之さんですが、最近では息子であるイチロー選手との不仲が噂されており、今では『絶縁状態』になっているのではないかと言われているのです

以前は毎日練習するほど仲が良かったのに、今では絶縁状態になるなど普通では考えられませんが、何か確執を作る原因でもあったのでしょうか?

あまり詳しく詮索するのもいけないのかもしれませんが、それでも気になるので今回は2人の関係について詳しく見ていきたいと思います^^;

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イチローの幼少時代と当時のチチロー

イチロー選手の父、宣之さんと言えば幼少期からイチロー選手に熱心に野球を教え、親子二人三脚で野球を頑張ってきたことで知られています

なんでもイチロー選手は小学校3年生の頃に地元のスポーツ少年団に入ったものの、そのチームは練習が日曜日にしかなかったため、「平日はお父さんと野球する」と言い張り宣之さんは毎日練習に付き合っていたのだとか

そしてそこからどんどん練習が本格化し、イチロー選手と宣之さんは毎日暗くなるまでキャッチボールをしたといいます

このようなエピソードを聞くと宣之さんは仕事をしていなかったのか?と思ってしまいますが、決してそんなことはなく宣之さんは町工場を創業し経営していたとのことなので、割と時間に融通がきき毎日イチロー選手の練習に付き合うことが出来たようです

また宣之さん自身も野球選手としての才能があったようで、高校時代には野球部に所属し外野手をやっていたとのこと

残念ながら甲子園に行くことは出来ず、愛知県大会ベスト4が最高記録のようですが、県ベスト4でも十分スゴイですよね^^

そんな野球好きの宣之さんですから、我が子であるイチロー選手が野球選手として活躍することは本当に嬉しかったことでしょう

実際に宣之さんの子離れできない、イチロー好きエピソードはかなりたくさんあるようで、イチロー選手が高校生の頃は毎日グランドまで来て練習を見守っていたという話まであります

しかしそんな宣之さんとイチロー選手には徐々に距離が出来始めたと噂され始め、今では絶縁状態という噂まで出るようになっています

一体何故これほどまでに息子を愛してやまない父親と息子の間に亀裂が生じてしまったのでしょうか?

イチローと父親の不仲の原因は妻の弓子!?

長年二人三脚で息子と成長を共にし、常に傍で見守り続けてきた宣之さん

そんな宣之さんとイチロー選手に何故確執が生じてしまったのでしょうか?

実はその最大の原因はイチロー選手の妻・弓子さんにあると言われています

どうやら宣之さんとイチロー選手が不仲になった理由はいきなり2人が衝突したというわけではなく、弓子さんの登場によって宣之さんと弓子さんの仲が悪くなり、次第にその関係がイチロー選手にも及んだということのようです

ここではその原因について、いくつかに分けてしっかり見ていきましょう

8つも年上の嫁が気に入らなかった!?

イチロー選手と弓子さんが結婚したのは1999年のことでした

1997年に交際を始めた2人は、1999年1月にはイチロー選手からのプロポーズで結婚を決意

同年の12月、ロサンゼルス郊外のサンタモニカのチャペルで挙式しています

イチロー選手は弓子さんに関して「相性がいいというのが一番。話すリズムとか価値観とか同じ空間にいるのが心地いい」と語り、弓子さんは「自然な2人の空間が心地いいですね。信頼感がある人だなと思いました」と語っています

中々クールで気難しいという印象の強いイチロー選手ですが、弓子さんの事は信頼しているということが伝わってくると思います^^

しかしこの2人の結婚に納得がいかなったのが父である宣之さんでした

「弓子さんは8歳年上で、婚約していた栗山英樹・日本ハム監督との破局も報じられていた。結婚相手を“イチローの妻”ではなく“鈴木家の嫁”として捉えていた宣之さんからすれば、手放しで喜ぶ気持ちにはなれなかったのです」

実際に宣之さんはテレビ番組で、「(イチローの結婚相手は)2、3歳上なら理想的だった。10歳離れるとアウトだったけど、7歳は、ギリギリセーフかな」と語っていたといいます

宣之さんからしてみれば弓子さんはイチロー選手の妻としてはあまりにも理想から外れていたのでしょう

そのため具体的に弓子さんが何をしたわけでもないのですが、結婚当初から弓子さんのことをそれほど好意的には受け入れてなかったようです

しかし何も宣之さんと弓子さんの間に亀裂が生じ始めたのはこのような些細なことが原因ではありません

宣之さんは弓子さんにあらゆることで細かい注文をつけたというのです

ネギ1本買うにも領収書を要求!?

イチロー選手と弓子さんの間には今でも子供がいないことで知られていますが、結婚当初は宣之さんからしきりに「孫の顔が見たい」と言われたといいます

それだけでも弓子さんにとっては迷惑だったのでしょうが、さらに宣之さんは2人の結婚の翌年2000年には、地元の愛知・豊山町に2階建ての大豪邸を建て、隣には「イチロー記念館」もオープンしました

その背景には溺愛するイチロー選手と仲良く暮らすという願望があったようで、当時の宣之さんはイチロー選手が中日に移籍し、新築した豪邸で一緒に住むという夢を思い描いていたようです

当時の宣之さんの異常なまでのイチロー選手に対する執着が見て取れますが、このような状態に弓子さんは非常に苦労したと言われています

子供はとっくに自立しているのに親の方がいつまでも子供に執着し、結婚しても夫婦に介入してこられてはたまったものではないですよね(-_-;)

また宣之さんは非常に細かいことにまで口を出す性格だったようで、なんでも結婚当初はネギを1本買うにも領収書を貰うように言われたのだとか・・・

このような縛られた生活に最初は我慢していたものの次第に耐えられなくなった弓子さんは、なんとわずか数ヶ月で愛知の豪邸から出て、神戸で単身赴任していたイチロー選手の元に向かったというのです

当然このような宣之さんの態度から次第に弓子さんとの間に亀裂が生じ始めるのですが、これは明らかに宣之さんの方に非がありそうですね(-_-;)

この結果イチロー選手も弓子さんと共に宣之さんと距離を開けるようになり、絶縁への道を歩むことになるのです

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チチローがメジャー移籍を知ったのは当日の朝!?

イチロー選手は2000年の10月、メジャー挑戦を表明しました

当然あれほどの天才バッターなのですから、多くのファンがメジャーに挑戦することを望んでいたのかもしれませんが、当時の宣之さんは猛反対

イチロー選手に中日に移籍し、同じ豪邸で暮らそうと思っていた宣之さんからすればイチロー選手がメジャーに行くことなど当然了承出来るわけがありません

しかしそんな宣之さんの意に反して、イチロー選手はメジャーに挑戦することを発表したのですが、その決断を後押ししたのが他ならぬ弓子さんだというのです

そして、00年10月のメジャー挑戦表明へと続いていく。

「その背中を押したのは他ならぬ弓子夫人。メジャー移籍に反対していた宣之さんは、イチローが会見する当日の朝まで何も知らされていなかったのです」

この弓子さんの行動の背景には宣之さんから離れたいという思いがあると勝手に推測してしまうのですが、おそらく大きく外れてはいないでしょう

弓子さんは宣之さんとは可能な限り関わらないでおこうと考えてもおかしくないですし、当時は宣之さんの方に非があるのは明らかなのですから

しかしそれ以上に驚きなのが、イチロー選手のメジャー移籍を会見当日の朝まで知らされていなかったということですね(-_-;)

おそらくイチロー選手と宣之さんの関係が悪くなった発端は弓子さんなのでしょうが、この時にはすでにイチロー選手と宣之さんの関係も悪くなっていたのだと思います

さらに渡米後もイチロー夫妻と宣之さんの溝は深まるばかりだったといいます

渡米から約2年後の2002年11月には愛知県名古屋市の豊山町で『イチロー杯争奪学童軟式野球大会』が開催されたそうですが、その時イチロー選手は野球少年に向かってて「大リーグ挑戦を父に反対されて辛かったけれど、意思を貫いてよかった。自分で決断ができる大人になってほしい」と挨拶したのです

普通野球少年に語ることといえば、親への感謝などでしょうが、イチロー選手は全く逆の親に対する非難を行ったということです

ちなみにその場には宣之さんもいたそうなので、この挨拶は完全に確信犯であり父への直接的な批判だったということが分かります

また2003年の初頭にはオリックス時代のCM出演料などを個人所得とせず、宣之さんが代表を務める『オフィス・イチロー』の所得に計上していたとして、名古屋国税局から約9000万円の申告漏れを指摘されたことが発覚したようです

それを知ったイチロー選手は「他人任せにしたのがいけなかった」と明らかに宣之さんを非難するようなコメントを残しています

このようなエピソードを聞く限り、当時の2人の間には修復し得ないような亀裂が生じているのは間違いなさそうですね(-_-;)

子供の頃は共にグランドで汗を流し、家に帰っても足のマッサージを1時間行うなど普通の家庭以上の仲の良さがそこにはあったわけですが、今ではまさに“絶縁”状態ということです

2人の関係の悪化には明らかに宣之さんの方に非があると思うのですが、仲が悪くなった今でも宣之さんはそのような姿勢を辞めないようで、依然として弓子さんのやることに不満を抱いたりイチロー選手を苛立たせるようなことをしているといいます

イチロー夫妻とチチローの亀裂に修復の兆しなし!!

イチロー夫妻と宣之さんの関係は渡米後も一向に修復していないのは上で見た通りでした

イチロー選手が宣之さんを非難するような発言をする一方で、やはり宣之さんも未だに弓子さんに対して色々と不満を抱えているといいます

現在弓子さんはイチロー選手が作り上げた200億円という資産の一部を元手に不動産ビジネスや美容サロンの経営を展開しているのですが、これに宣之さんは不満を抱いているのだとか・・・

まぁ200億円もあるのですからその一部を自分の好きなことに回すのは良いと思うのですが、何が気に入らないのか宣之さんはこのことを良く思っていないようです(-_-;)

さらに宣之さんはイチロー選手が子供の頃に食べていたというカレーをレトルトカレーにして『鈴木家のチチローカレー』という商品を発売したのですが、これもイチロー選手を苛立たせたようです

イチロー選手は自身がこのように広告塔のように使われるのを非常に嫌がっているようで、宣之さんのこのような振る舞いにも嫌気がさしているといいます

「イチローは、宣之さんが講演などで事あるごとに自分の名を使うことに嫌気がさしていた。豪邸に隣接する記念館についても快く思っていません。そもそも『チチロー』というのも、露出の多さゆえメディアがつけた呼称。これまでも『黙っていてほしい』と苦言を呈してきました」

このようにイチロー選手は宣之さんを非難する姿勢を辞めず、一方で宣之さんも相変わらず弓子さんのやることに不満を示したりイチロー選手の嫌がることをするものですから一向に関係に回復の兆しはないようです

このような壊れた関係は今でも相変わらずで、イチロー一家と長年親交のある地元の知り合いも一緒にいるところは全く見ないと語っているようです

チチローには近づこうともしない

イチロー選手の妻である弓子さんの実家は島根県の松江市にあるようですが、今でもイチロー夫妻は1年に1回は足を運ぶといいます

松江の実家に帰るとイチロー選手は近くの運動公園でランニングに励んだりと元気な姿を見せてくれるそうですが、一方で宣之さんの住む豊山町には近づこうとすらしないそうです

毎年行われる『イチロー杯』の表彰式にも以前まで出席していた宣之さんは顔を見せないようになり、代わりに母の淑江さんが出席するようになったのだとか

イチロー選手はどうやら徹底的に宣之さんとは顔を合わさないようにしているようで、『イチロー杯』からは追い出し、実家に帰る際も短時間立ち寄ってさっさと帰るというのです

これではどれだけ宣之さん側に非があったとしても、若干酷なような気もしますがそれほどイチロー選手との間には大きな溝が出来てしまったということでしょう

さらにイチロー一家と長年親交がある地元の寿司店の店主も「いつも別々」と語っているようです

「イチローは『墓参りに来た』と、この2月に1人で店に来てくれました。いい目をしていたから今季は活躍するだろうなと思っていたのです。お父さんも来店しますが、いつも別々。でも、こうして節目の記録も達成したわけだし、引退したらまたお父さんと話せる日も来るでしょうね」

イチロー選手も割と以前から性格に批判があったり、チームメイトから「自己中」などと言われ非難されていた時期があったようですが、これに関しては宣之さんの非が大きいのは間違いないのかもしれません

もちろん我々に分かる情報には限界があるため正確にどちらが悪いのか知ることは出来ませんが、それでもこのような結末は悲しすぎるでしょう

過去に宣之さんがイチロー夫妻に負わせた心の傷がどれほど大きいものなのかは知ることは出来ませんが、せめてイチロー選手だけでも再び寄り添ってあげてほしいものです

宣之さんも「自分がイチローを育てたんだ!!」というようなおこがましい気持ちがあったのかもしれません

もしかすると非常識なほど息子夫婦に介入してしまったのかもしれません

しかしそれでもかつてのように仲の良い親子にもう一度戻ることは出来ないのでしょうか?

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