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生キャラメルでブームを起こし、一躍時の人となった田中義剛さん

以前は花畑牧場の生キャラメルを売り出し、タレントながら起業家として大きな成功を成し遂げていましたよね

しかしその後生キャラメルブームが去ると、それと同時に田中義剛さんの名前も花畑牧場の名前もあまり聞かなくなってしまいました(-_-;)

ブームが去ったことにより会社も衰退したのか・・・と思いきや、実は現在の花畑牧場はブーム時よりもさらに素晴らしい業績を上げているというのです^^;

今回の記事では田中義剛さんが経営する花畑牧場について見ていきたいと思います

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田中義剛 プロフィール

  • 【名前】:田中義剛
  • 【生年月日】:1958年3月13日
  • 【身長】:184cm
  • 【出身地】:青森県八戸市
  • 【出身高校】:青森県立八戸北高等学校
  • 【出身大学】:酪農学園大学酪農学部
  • 【職業】:タレント、シンガーソングライター、酪農家、実業家
  • 【所属事務所】:アップフロントクリエイト

田中義剛さんは一人っ子としてサラリーマン家庭で育ちました

16歳の頃、漁船のコック長を務めていた友人がオホーツク海で遭難死したことを受けて襟裳岬まで哀悼の旅に出ます

するとその帰路、門別の牧場で馬の出産を目にし牧場を抱くことを決意

その夢を叶えるために酪農学園大学に進学するのですが、当時の田中さんは「鍬で開拓すれば牧場は簡単にできる」と思っていたため、大学4年生の頃に先生に「牧場をやる」と宣言した際に「牧場をやるには最低2億(1970年代当時)の資金が必要」と告げられ、ショックを受けてしまったといいます^^;

何故4年生になるまでその程度のことも知らなかったのかが謎なのですが、田中さんは完全に出鼻をくじかれてしまったということですね

また田中さんは大学時代からシンガーソングライターとしての活動も始めており、1980年(22歳時)にはフレッシュサウンズコンテストで審査員特別賞を受賞

その後ラジオオーディションを受けると歌ではなくしゃべりで合格し、STVラジオ『河村通夫のアタックヤング』(深夜番組)内で『田中義剛の酪農根性』という5分間のコーナーがスタートしました

以降、田中さんは北海道でシンガーソングライター、ラジオパーソナリティとしての活動を開始

それから数年後の1987年にはニッポン放送の『オールナイトニッポン』のパーソナリティになったことをきっかけに田中さんは東京へと進出します

その際同郷である吉幾三さんが『俺ら東京さ行くだ』がヒットしブレイクしていたため、吉さんから「上京したら全部面倒見てやる」と言われていたそうですが、実際に行ってみると吉さんからは「本当に来たのか?」と言われてしまい、なんと彼はそのまま地方巡業に行ってしまったそうです^^;

そのため田中さんは自ら所属事務所を探し始めるハメとなり、やっとのことで芸能事務所に所属することが出来たといいます(笑)

このようにして紆余曲折しながら東京進出を果たした田中さんでしたが、1994年についに北海道河西郡中札内村に『花畑牧場』を開業するのです

花畑牧場を開業!!

1994年に事務所からの借金により花畑牧場を開業した田中義剛さんでしたが、当初はチーズなどの自家生産に失敗し出荷したものの商品を返品されたこともあったといいます

なんでも本人曰く「カビた商品が返ってきたこともあった」とのことで、当時は夢の中にカビが出てくるほどカビ嫌いになったのだとか^^;

そのような状態ですから当然経営は上手くいかず当時は合計で4億円もの借金を抱えていたといいます(2万坪の土地購入資金に銀行の融資が2億円、傾きかけた事業の再生に向けて所属事務所アップフロントプロモーション(当時:アップフロントエージェンシー)から1億円、損失が1億円で合計4億円)

開業当初は30人いた従業員も続々と辞めていき、田中さんと1人残った従業員の2人だけとなり、一時は土地を売却し自己破産を迫られるほど危機的な状況に陥っていたそうです

そんな中田中さんは活路を見出そうと、少しでも牧場の知名度を上げて話題に取り上げてもらえばと、番組共演者やスタッフに自社製品を手土産にしていました

するとこの活動が少しずつ芽を結び始め、持参したチーズの味を気に入った関係者の紹介によりレストランを始めとする飲食店に少しずつではあるものの販売経路を見いだせるようになったのです

特に大きかったのは恵比寿の人気ラーメン店、九十九ラーメンのトッピングにゴーダチーズ(北海道十勝ゴールデンゴーダチーズ・商標登録5641816号)が採用されたことでした

チーズの風味の劣化を最小限に抑えるために、客に提供する直前におろしたチーズを山盛りにトッピングした商品は目新しいこともあって九十九ラーメンの看板メニューの1つにもなったのですね^^

ちょうど1990年代後半はラーメンブームに差し掛かっていた時期だったこともあり、人気ラーメン店特集に同店が取り上げられる際には「花畑牧場産のチーズを使用」と紹介され、他の飲食店からも問い合わせがくるという好循環に恵まれたのです

このようにして花畑牧場は徐々に経営を持ち直していったのですが、その後も田中さんの営業は弛みなく、自信作であるゴーダチーズをはじめカチョカヴァロやモッツァレラチーズを番組出演時に持参しては美味しい食べ方や調理方法をレクチャーしました

そして2006年にノースプレインファームが開発し、花畑牧場でも2007年から生産を開始した生キャラメルがメディアで取り上げられ大ヒット

このような商品のヒットを持って『花畑ブランド』としての地位を獲得したのです^^

しかしその後生キャラメルブームが過ぎると一気に花畑牧場の名前は聞かなくなりましたよね?

まぁ普通に考えればブームが去ると同時に会社の経営も失速したということなのでしょうが、実は花畑牧場はブーム時よりもさらに成長していたのです

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現在も花畑牧場は絶好調!!

生キャラメルブームと同時に名前を聞かなくなってしまった花畑牧場

ブームが去ると同時に大量に売れ残ってしまうようになったのですね^^

ちなみにブーム時の花畑牧場の生キャラメルは1ヶ月で約120万個も売り上げており、時には恐喝事件に発展したこともあったといいます

このようにして大ブレイクした花畑牧場でしたが、生キャラメルブームが去ると同時にその勢いは急激に失速し名前を聞かなくなってしまいました

なんでも田中義剛さん本人によると当時は「花畑牧場が倒産した」「火の車になっている」などという噂が世間では流れており、なんと田中さんに関しては『死亡説』まで出ていたのだとか(笑)

このような状態の花畑牧場でしたが、当時の田中さんは生キャラメルブームが終わることを当然のように見越していたようで、ブームが終わると世界中を飛び回ってチーズ探しにの旅に出たといいます

まぁ元々はチーズが売りの会社だったため必然の流れかもしれませんが、実はこの花畑牧場のチーズは現在多くの企業で使われているのですね

なんでも田中さん曰くローソンのタルトは全て花畑牧場が作っているといいます

さらに『しゃぶしゃぶ温野菜』や『デニーズ』で使われているチーズも花畑牧場が作っているのだとか

また以前田中さんが出演した番組では商品の売り込みをしている場面も紹介されており、『ダイソー』にグミを売り込んでいる際の様子が放送されていたのですが、新商品であるグミの生キャラメル味と北海道メロン味が販売されることが決まっていました

このような様子を見ると分かりますが、花畑牧場では以前のBtoC(コンシューマ向け)の営業形態からBtoB(企業向け)に切り替えたのです

それでも昔のブームと比べるとそれほど儲かっているようには見えないのですが、田中さんはブーム時と現在を比較してこのように語っています

年商100億円でも赤字になるんですよ。生キャラメルのときは本当にそんな感じでした。一番強い会社って何かって言ったら、利益率を2ケタ獲得している会社だと。今のほうが利益率は圧倒的にいいですね。

このような言葉を見ると分かるのですが、当時は売れ行きは良かったものの商品を製造し売り出すためのコストもかなりかかっていたのですね

その分現在は昔ほど派手な売り上げはないかもしれませんが、それでもコストも以前とは比べ物にならないのでしょう

実際に従業員の数も20000人から300人に減ったとのことですし、以前よりもかなり利益率が良いのですね

ブームが去ると同時に名前を聞かなくなり死亡説まで噂された田中さんでしたが、このようにして彼は現在も大儲けしているということです

やはり生き残る経営者というのは先見の明がありなおかつしぶとい人なのですね^^

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