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関ジャニ∞のムードメーカー的存在として長年安定した活躍を見せている横山裕さん

彼の場合顔がカッコいいだけではなくトークも非常に面白いためバラエティ番組にバンバン出演していますよね^^

そんな横山さんですが、実は彼の生い立ちは非常に複雑なものだったと言われています

まぁ当記事を読み始めている時点で既にご存知という方も多いのかもしれませんが、横山さんは一般の家庭とは大きくかけ離れた壮絶な人生を歩んできたのですね

ジャニーズというと男性のエリート集団!!という印象が強いため全員が『勝ち組』という印象があるのですが、実は横山さんはその真逆でかなり辛い人生を歩んできたというのです(-_-;)

今回の記事ではそんな横山裕さんの壮絶な生い立ちについて見ていきたいと思います・・・

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横山裕の誕生

横山さんは1981年に大阪府で生まれました

当時は比較的裕福な家庭に生まれ、両親からの愛情もしっかり受けていたというのですね^^

まぁ両親からの愛情を受けるというのは普通のことかもしれないのですが、その後横山さんが3歳の時に両親は離婚したといいます

当時1人っ子だった横山さんは母親に引き取られたのですが、母親はその後ある男性と再婚したのですね

すると妻の連れ子だった横山さんを新しい旦那はあまり良く思わなかったようで、横山さんはこの義父から邪険に扱われたといいます

ここは情報が錯綜しているところであり、噂ではこの時母親も一緒になって横山さんのことを邪険に扱ったとも言われているのですが真相は分かっていません

ネット上には母親は横山さんのことを庇ったという噂と、母親も旦那と一緒になって横山さんを邪険に扱ったという噂の2つがあるのですね

情報があまりに多いためどちらが正しいのかは分かりませんが、結局そのような経緯から横山さんはまだ4歳だったにも関わらず祖父母に預けられることになったといいます

4歳ともなると思考もしっかりとしてくる年齢なので相当辛かったとは思うのですが、そんな中母親と義父との間には2人の子供が生まれたというのですね

2人とも男の子だったため横山さんの弟ということになるのですが、横山さんはこの弟たちとは暮らすことができず1人祖父母の家に預けられていたということです

しかし4歳の頃から祖父母の家に預けられていた横山さんですが、中学2年生になると面倒を見てくれていた祖父が心臓の病気を患ってしまい横山さんは母と義父の暮らす家で共に生活することになったのですね・・・(-_-;)

義父からの暴力と両親の離婚

祖父が心臓の病気を患ったため再び家族と暮らすことになった横山さんでしたが、当然ながらこれを義父は快く思わなかったとそうです

なんとこの義父は妻の子供である横山さんに暴力を振るっていたというのですね(-_-;)

さらに義父は横山さんだけではなく自らの2人の子供にも暴力を振るっていたとのことですが、なんと当時の横山さんは自身もまだ中学生であるにも関わらずこの弟たちを義父の暴力から庇っていたといいます

時に母親が横山さんを庇ってくれることもあったそうですが、その機会は少なく基本的には横山さんが義父からの暴力を受けていたのですね

そして中学2年生の頃から同居を始めた横山さんでしたが、なんと親から高校進学を許してもらえず中学を卒業すると建設会社で働き始めたといいます

母親が進学に反対したのかどうかは分からないのですが、少なくとも当時の家族は父親の意思決定には逆らえない状況になっていたのではないでしょうか?

そのため中学卒業後は建設会社で働いていた横山さんでしたが、そんな中母親が勝手にジャニーズ事務所に横山さんの履歴書を送ったというのですね^^;

なんでも当時の母親は横山さんの同級生がジャニーズに入所したのを見て「うちの息子も入れるんちゃうか?」と思い送ったそうです(笑)

このようにジャニーズタレントの中には親族が勝手に履歴書を送ったというケースが多いのですが、横山さんもそのタイプだったということです

しかし母親の勝手な申し込みによりオーディションを受けた横山さんでしたが、残念ながら落ちてしまったというのですね

そのため普通であれば落選して終わりだったのですが、その帰りに偶然ジャニーさんに会い「You、舞台観に来る?」と誘われその後奇跡的に合格したというのです(笑)

ジャニーさんは本当に人を見る目がある人だなと思わされるのですが、オーディションに落ちた横山さんを拾い直しここまでのトップアイドルに育てたのですね^^;

ちなみに横山さんはジャニーズタレントとしては珍しく芸名を名乗っているようで、本名は『横山 侯隆(よこやま きみたか)』というそうです

しかしこの名前を見たジャニーさんが「You!!その漢字読めないよ~!!」と言ってきたことから、名前を『裕』に変えたというのですね

ちなみにこの名前の由来はジャニーさんの口癖である「You」から来ているそうです(笑)

そしてこのような経緯で晴れてジャニーズタレントとなった横山さんでしたが、それから程なくして両親は離婚したというのですね

ちなみに横山さんの2人の弟は勤(つとむ)さんと充(みつる)さんになっているのですが、それぞれ6歳下と8歳下となっているようです

そのため横山さんがジャニーズ活動を開始した直後は2人はまだまだ子供だったため、家計は母親と横山さんの2人で支えたといいます(2人の弟は母親が引き取りました)

当時はジャニーズタレントとして活動し始めていた横山さんですが、まだ駆け出しだったため当然家族を養うようなお金は稼いでいませんでした

そのため彼はジャニーズタレントとして活動する傍ら、しばらくは建設会社でも働き続けたというのですね(-_-;)

それからしばらく経ちジャニーズの活動で十分な収入が得られるようになると横山さんは建設会社を辞めたそうですが、当時の彼の働きぶりは非常に評価されていたとのことで、辞めることを告げに行った際には「お前が芸能界でアカンかったらいつでも戻って来いよ」と言われたといいます

中卒で働き始めてこれほど気に入られるというのは余程の努力家なんだなと思わされるのですが、やはり当時から横山さんはかなり自立していたということです

そしてこのような形で人気タレントへの道を歩み始めた横山さんだったのですが、順調に活動する最中、29歳の時に彼の母親が突然亡くなったというのですね(-_-;)

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母親の急逝

紆余曲折しながらもなんとか大好きな家族と暮らせるようになった横山さん

とはいえ横山さんに人気が出始めると悪質なファンが自宅にまで押し寄せてくることもあったため、当時の彼は一人暮らしを余儀なくされたといいます

しかしそれでも恐ろしい義父から解放され大好きな家族と楽しく接することができたのでしょうから、不幸な過去を持つ彼にとっては非常に幸せな日々だったことでしょう

ですが彼が29歳だった頃、当時50歳だった彼の母親が急逝したというのですね(-_-;)

なんでも横山さんの母親はスーパーに買い物に行った際に突然倒れ、そのまま意識が戻ることなく亡くなってしまったといいます

虚血性心疾患という心臓の病気による急死とのことですが、実はそんな訃報を横山さんが聞いたのはソロコンサート直前だったというのですね

もちろん母親の死ということでスタッフはコンサートの中止を提案したようですが、横山さんは「仕事に穴はあけられない」とコンサートを予定通り開催したといいます

ちなみに当時のソロコンサートは全国を回って行っていたとのことで、母親の死後もこのコンサートは続けたというのですね

そして母親の訃報を聞いたファンの中にはコンサート中にすすり泣く人もいたようですが、逆に横山さんは壇上から「しんみりするなよ」と笑いかけ元気づけていたといいます

このように横山さんは母親の訃報を聞いた後も気丈に振る舞っていたのですが、ある曲を歌おうとすると突然張りつめていた糸が切れてしまったというのですね

その曲が『オニギシ』という曲であり、実はこの曲は横山さんが“オカン”への思いを綴った曲だと言われているのです

そしてコンサート中は気丈に振る舞っていた横山さんでしたが、この曲を歌おうとするとさすがに涙を堪えることができず、観客席に背を向けて声を詰まらせていたといいます

その他にも当時の横山さんについては「楽屋で泣き崩れた」「ステージ上で泣き崩れてしまった」というような様々なことが言われているのですが、とにかく当時の彼はやはり気丈には振る舞っていたものの非常に辛かったのでしょう

実際後になって横山さんは当時について「人生で一番泣いた。後にも先にもあんな辛いことはない。」と話していたといいます

その後母親の葬儀が行われたのですが、なんとこの時には関ジャニ∞のメンバーも駆けつけてくれたそうです

そして母親の死に苦しむ横山さんを見たメンバーは「これからはオレらが横山君の家族にならなアカン」と誓ったというのですね^^

横山さんも葬儀にメンバーが参列してくれたことについて「めっちゃくちゃ嬉しかった」「すごく誇れた」と語っていたそうですが、このように苦しい時に支えてくれる人がいることは非常に心強いことでしょう

ちなみに幼少期の横山さんと母親の関係については正確なことは分かっていません

前述したように当時について「義父と一緒になって横山さんを邪険に扱った」という噂もあれば「義父から横山さんを守った」という噂もあるので正直幼少期の関係についてはよく分からないのですね^^;

しかし関ジャニ∞の一員として横山さんが活躍するようになった頃には、母親は何度も彼のライブに足を運んでいたとのことですから幼少期がどうであれこの頃には親子として非常に良い関係になっていたことは間違いないでしょう

複雑な家庭に生まれた上に29歳という若さで最愛の人を失ってしまった横山さんですが、彼が現在非常に優しい人だと言われているのも人並み以上の不幸を味わったからかもしれませんね^^

そして現在は2人の弟という家族がいるのですが、実は横山さんはこの2人の弟を非常に可愛がっているというのです

横山裕と2人の弟

それでは最後に横山さんと2人の弟について見ていきたいと思います^^

前述したように横山さんには6歳年下の勤さんと8歳年下の充さんという弟がいるということでした

そして横山さんは幼少期はこの2人の弟とはそれほど交流することができなかったのですが、同居が始まるとこの弟のことを非常に可愛がったというのですね^^

まぁ義父と同居していた頃にも義父の暴力から弟を守っていたとのことですから、やはり相当大切な存在だったのでしょう

そしてそんな仲の良さは大人になってからも健在のようで、横山さんの弟に対する溺愛ぶりにはメンバーも若干引いているようです(笑)

例えば丸山さんは横山さんと「休日何してんの!?」という話になると、大抵「弟と・・・」という弟のエピソードになると語っています

このように弟とのエピソードばかり語る横山さんを見て丸山さんは「こいつ、友達おらんのかな?」と心配になってしまうのだとか・・・(笑)

また横山さんとは違い2人の弟は無事大学に進学できたそうですが、実は2人の学費はジャニーズで稼いだ横山さんが面倒を見たというのですね^^;

横山さんはおそらく学校に行くことができなかった自分と重ね2人の学費を工面することを決意したのでしょうが、いくら稼いでいるとはいえこのような行動ができるのは凄いと思います

さらに横山さんの弟はすでに結婚しているようですが、弟はその結婚式の際にお世話になった兄である横山さんへの感謝の気持ちをスピーチしたとのことで、これを聴いた横山さんは号泣してしまったのだとか・・・(笑)

まぁ泣く横山さんの姿が目に浮かぶのですが、横山さんの家族愛の強さは凄まじいものですね^^

もしかするとその背景には普通の家族として暮らすことのできなかった幼少期の影響があるのかもしれませんが、いつかは横山さんも弟さんのように自分の家庭を持つ日が来るのでしょうか?

まぁジャニーズである以上結婚は中々難しいのかもしれませんが、それでも幼かった頃の感じたかった愛を取り戻すためにも彼には幸せな結婚をしてほしいですよね^^

今後彼がどんな道を歩むのかは分かりませんが、どれほどの困難に落ちようとも彼ほどしっかりとした人間であれば乗り越えられることでしょう

当記事を書いていく上で彼の人間性の素晴らしさにはただただ驚かされてばかりなのですが、今後もこのような姿勢を失わずに全国のファンに愛を届けてほしいものですね^^

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