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“お笑い怪獣”の異名を持ち幅広い層から絶大な支持を得ているお笑い芸人の明石家さんまさん

日本には多くのお笑い芸人がいると思うのですが、現在お笑い界のトップに立っているのは間違いなくさんまさんなのではないでしょうか?

彼は現在(2019年8月)は64歳という年齢なのですが、そんな年齢にもかかわらず幼い子供からも愛される超人気お笑い芸人ですよね^^

ビートたけしさんやタモリさんなどは『お笑いBIG3』と呼ばれているもののあまり若い層からの支持はないのではないかと思うのですが、さんまさんに関しては幼い子供から60歳を超えた高齢者までどんな人でも笑えるような笑いをテレビを通じて我々視聴者に提供してくれているような気がします

そんな明石家さんまさんなのですが、実は彼の生い立ちはかなり壮絶なものだと言われているのですね(-_-;)

なんでもさんまさんは現在のあの明るすぎる性格からはとても想像できないような壮絶な人生を歩んできており、3歳の頃には実の母を、そして大人になってからは義理の弟を亡くしているというのです

あのやかましいほどに明るい性格からはとても想像できないような過去のような気もするのですが、今回の記事ではそんなさんまさんの壮絶な生い立ちについてじっくりと見ていきたいと思います‥‥

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3歳にして実の母と死別

それでは早速さんまさんの生い立ちについて見ていきたいと思います^^

和歌山県東牟婁郡古座町で生まれたさんまさんはその後奈良県奈良市で育ったといいます

さんまさんの家族は両親と兄・正樹さんの4人家族だったのですが、実はさんまさんがまだ3歳の頃にお母さんが亡くなってしまったというのですね

原因は病気のようですが、そのような経緯からさんまさんと正樹さんとお父さんはしばらく3人家族として生活していたのです

その後さんまさんが小学校高学年になった頃に父親が再婚し、さんまさんは継母とその連れ子と共に暮らすことになったようですが、当時のさんまさんはこの連れ子のことを非常に可愛がったというのです^^

継母の連れ子はさんまさんよりも年下だったため彼にとっては“弟”ということになるのですが、生来兄しかいなかったさんまさんにとっては新たに弟ができることは非常に嬉しかったのかもしれませんね(具体的に何歳差かは分からないもののさんまさんと義理の弟は大分年齢が離れていたようです)

その一方で連れ子である弟の方もさんまさんのことを慕い義理の兄弟であるにもかかわらず2人は本物の兄弟のように仲良くなったそうですが、義理の弟とは対照的に継母はさんまさんには心を開いてくれなかったというのです

さんまさんや兄の正樹さんはこの新しいお母さんと仲良くしたいと思っていたようですが、そんな思いとは裏腹に継母の方は正樹さんやさんまさんを可愛がってはくれなかったというのですね

さらにその継母は正樹さんやさんまさんが寝ている隣の部屋でよくお酒を飲んでいたようですが、その場で彼女は「うちの子はこの子(連れ子)だけや‥‥」と語っていたというのです

正樹さんやさんまさんは壁伝いに聞こえてくるそんな非情な言葉を聞いて2人でよく泣いていたようですが、それでもさんまさんはなんとか継母に好かれようとしていたというのですね(-_-;)

私であれば思春期真っ只中でこのような継母が近くにいればグレてしまいそうな気もするのですが、さんまさんはグレるどころか何度も自ら継母に歩み寄ろうとしたのです

当時のさんまさんは継母に心を開いてもらおうと毎日継母に対して面白いことを言い、彼女を笑わせようとしていたのですね^^

しかしその後に関しても結局打ち解けたという情報はないため、おそらく最後まで継母がさんまさんを我が子のように可愛がることはなかったのだと思います

さんまさんはこの頃の振る舞いに関して「継母を喜ばせようと毎日面白いことをやり続けたことがお笑い芸人を目指すきっかけとなった」と語っているのですが、さんまさんがお笑い芸人を目指すことになった背景にはこのような切ない日々があったのですね(-_-;)

前述したようにさんまさんと継母が最終的に打ち解けたという情報はないため結局最後まで継母はさんまさんには心を開こうとはしなかったと思うのですが、そんな継母とは対照的に義理の弟はさんまさんのことをかなり慕っていたというのです

元々人と関わることが大好きなさんまさんはこの弟を“チビ”と呼び非常に可愛がったようですが、実はそんな最愛の弟までもが急に亡くなってしまったというのですね‥‥(-_-;)

さんまの弟の死

続いてはさんまさんの最愛の弟が亡くなったという件について見ていきたいと思います^^

さんまさんがこの義理の弟さんを非常に可愛がっていたというのは前章で見ていったのですが、彼は弟さんを“チビ”と呼びまるで血の繋がった兄弟のように溺愛していたというのですね

しかしそんな最愛の弟は19歳の頃に実家の火事で焼死してしまったというのです

焼死となれば何の前兆もない『突然の死』ということになると思うのですが、実際当時のさんまさんは弟の死に非常にショックを受けたというのですね(-_-;)

具体的に当時のさんまさんが何歳だったのかは分からないのですが、それでもすでに売れっ子として活躍している頃だったため、彼としては順風満帆な道を歩んでいる途中でのいきなりの悲報となったことでしょう

実際に当時のさんまさんは弟さんの死に関して普段のあの明るい様子は一切見せず、悲しみに暮れたコメントを出していたのですね(-_-;)

「ぼくのことを、昔から、すごく尊敬してくれるやつでね。ぼくがいうことは、すべて正しいと思っていたみたいですよ。

自分にも、それから他人にも、素直に自分をさらけだせるやつでしたね。ぼくもサッカーやったけど、チビのほうがすごいんですよ。

サッカー部のキャプテンで、インターハイにも出たし、国体選手にも選ばれたしねえ……。

去年の10月、大阪のぼくのマンションに遊びにきたとき、今度のワールド・カップをふたりで一緒に見に行こう。

キップはぼくが買っとくからって、約束しとったのに……。

まだ納得できません、あのチビが死んだなんて……」

普段の明るさが全く見えず非常に落ち込んでいることが分かるのですが、当時はさすがのさんまさんでも相当精神的に追い詰められていたのでしょう

さらに週刊誌の中には『焼身自殺』など好き勝手書いているものもあったため、さんまさんはこのようなマスコミ面からもかなりのストレスを受けたのだと思います

当時のさんまさんは冠番組を持つほどのスターだったのですが、最愛の弟を失ったショックから笑いをとることができなくなり芸人を辞めようとまで考えたというのですね

しかしさんまさんの同期であるオール巨人さんがそんなさんまさんの姿を見てなんとか彼を救ってやろうと、舞台であるボケをさんまさんに対してぶつけたのです

そのボケが「お前んち、兄弟焼いたらしいな」というもの

普通であれば怒っても仕方がないようなことなのですが、さんまさんはこの言葉をオール巨人さんからのエールだと受け取り、彼は「そや、材木きれたから代わりに焼いたんや!!」と返したというのですね

舞台上でのこのやり取りがあったおかげでさんまさんは弟の死を乗り越えることができ、再び芸人として活動することを決意できたというのです^^

まぁ私からしてみればオール巨人さんのボケは人を馬鹿にしているようにしか見えないのですが、その辺りについては芸人同士だからこそ分かる何かがあるのかもしれませんね

実際さんまさんもオール巨人さんに対して「ありがとう。これで芸人やめんで済むわ」とお礼を言ったとのことですから、かなりの励ましになったのだと思います^^

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乗るはずだった飛行機が墜落

続いてはさんまさんの命の危機について見ていきたいと思います

皆さんの中にもよくご存知の方もいると思うのですが、1985年8月12日に日本中を揺るがした大惨事『日本航空JAL123便墜落事故』が起きましたよね

坂本九さんなどを含む520人もの命が一瞬で失われてしまった非常に残酷な事故なのですが、実はさんまさんもあわやその被害者の1人になるところだったというのです

というのもこの日のさんまさんは東京フジテレビで『オレたちひょうきん族』の収録した後にJAL123便で『ヤングタウン』の収録のために大阪へ向かう予定だったのですね

しかしこの日は『オレたちひょうきん族』の収録が予定よりも早く終了したため、JAL123便ではなくそれよりも前の便で大阪へと向かったのです

そしてさんまさんが大阪に到着した後にJAL123便の墜落事故が起こったのですが、さんまさんはこのような偶然のおかげで本来は乗る予定だったJAL123便に乗らずに済み、その結果命を落とさずに済んだのですね(-_-;)

この事故以降さんまさんは新幹線で行ける距離であれば飛行機を利用しなくなったようですが、なんとなくさんまさんの命が助かったと知ると天の計らいのようにも感じてしまうような気がします

神様がまださんまさんはこの世界に必要だと思ったことから彼の命を助けた‥‥などという妄想も頭の中に浮かんでくるのですが、実際にはただ単に幸運だったということなのでしょう

あのさんまさんの笑顔からは想像もできないようなエピソードなのですが、偶然の予定変更がなければ彼は命を落としており、今この世界にはいなかったということですね‥‥(-_-;)

IMALUという名前の由来

それでは最後にさんまさんの『座右の銘』と、娘であるIMALUさんの名前の由来について見ていきたいと思います^^

さんまさんの座右の銘は『生きてるだけで丸もうけ』というものだというのですね

幼い頃から親しい人を亡くしたことや自らも一歩間違えれば命を落としていたことなどから生まれた座右の銘なのではないでしょうか?

様々な形で『死』に直面したからこそさんまさんの中にはこのような「生きているだけで十分幸せ」という考えが生まれたのだと思います

そしてさんまさんの娘であるIMALUさんはタレントして活躍してるため皆さんもご存知だと思うのですが、実は彼女のIMALUという名前は本名であり、彼女の正式な名前は『大竹いまる』だというのですね

そしてこの名前を付けたのは父であるさんまさんのようで、名前の由来は彼の座右の銘である『生きてるだけで丸もうけ』だというのです

最愛の娘の名前の由来にしているところなどから考えても、さんまさんがいかにこの座右の銘を大切にしているかがよく分かりますよね^^

一見いつも不真面目に笑っているばかりで悲観的なことは一切考えていないように見えるさんまさんなのですが、実際には他の誰よりも悲観的なことを考えているのかもしれません

そして『死』と真正面から向き合うからこそ『ただ生きている』ということに喜びを感じ、感謝できるのかもしれませんね

長年に亘ってテレビで活躍しているさんまさんなのですが、誰もが彼を見ると「毎日楽しそうだな」と感じるのではないでしょうか?

しかしさんまさんが毎日楽しそうにしていられる理由は決してお金があるからとか仕事が上手くっているからなどということではなく、ただ生きているということに喜びを感じ感謝できるからなのではないかと思います^^

ただ単に生きていられることに喜びを感じることができるからこそ、人生にそう多くのものを求めず毎日楽しく暮らすことができるのではないでしょうか?

そう考えるとさんまさんの現在の楽しそうな振る舞いの背景には、人生に対するかなり悲観的な考え方があるのかもしれませんね^^

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