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残念なことに2020年は春夏共に甲子園大会が中止になることが発表されたのですが、高校球児の多くは特に夏の甲子園を高校野球生活の集大成として考えていたことでしょうから非常にショックが大きいことでしょう

私も幼い頃に野球をしていたのですが、私は少々かじった程度であったため甲子園に対する情熱というのはそれほどなかったのですが、それでも毎日甲子園を夢見て必死に練習してきた高校球児からしてみればこの甲子園を目前に控えた段階での開催中止は非常につらいものであることだと思います

2020年時点で3年生の部員はプロを目指すような選手であればまだしも「野球は高校まで」というふうに考えている選手の多くは高校3年生の夏の大会が野球人生における集大成となっていたことからその大会がなくなるというは非常に残念なことだと思うのですが、それでもまだ18歳と人生はまだまだこれからという年齢なのですからここで大きく挫けずに可能な限り早く気持ちを切り替えこれから先の人生のために意味のある一歩を踏み出してほしいと願っています^^

そんな夏の風物詩となっている甲子園大会なのですが、この甲子園大会は多くの国民が楽しみするビッグイベントの1つである一方で実は以前からネガティブな声も上がっており、その内容が「投手を酷使しすぎている」というものとなっているのですね

以前から夏の甲子園大会では1人の投手が過密日程の中で何連投もしており、甲子園で勝ち抜くために自らの肘を酷使しているのですが、このような日本の高校野球の常識に対して国内からも国外からも批判の声が上がっており選手が可哀想であるという声が上がっているのです

2018年に開催された夏の甲子園大会では秋田の公立高校である金足農業高校の吉田輝星投手が甲子園で計881球もの球を投げ、このような吉田投手のピッチングに対して「投げ過ぎだ!」「吉田投手の未来がどうなってもいいのか?」などという声が多くの野球ファンからは上がっていたというのですね

まぁ私は野球の専門家ではないため吉田投手のこの球数がどれほどマズいものなのかは分からないのですが、それでもプロ野球では基本的には一度先発として登板した選手は中5日は原則休養となっていることから吉田投手がいかに投げ過ぎなのかということは素人でも分かることでしょう

そしてこのような吉田投手の投げ過ぎ問題に関して多くの野球ファンからネガティブな声が上がっているのですが、それでも私が思うには春も夏も甲子園大会がある限りはこの問題は根本的には解決しないのではないかと思うのですね

確かに吉田投手のこのような姿勢には多くの野球ファンが心配し憤りを覚えたことだと思うのですが、それでも私が思うには甲子園大会がある限りはこのような風潮が消えることはないのではないかと思うのです

まぁ現時点では私の主張したいことの内容がまったく分からないという方も多いかもしれないのですが、今回の記事ではそんな『本当の意味で球数制限をするためには甲子園大会をなくすしかないのではないか?』というテーマについて見ていきたいと思います^^

2019年11月に導入が決定された『球数制限』

それでは早速高校野球の球数制限について見ていきたいと思うのですが、ご存知の方も多いことだと思うのですが、高校野球ではすでに『球数制限』の規定が導入されているというのですね

これは2019年11月29日に開かれた日本高野連の理事会で承認されたようですが、日本の高校生は現時点(2020年6月)では1週間に500球以上の球を投げることが許されず、また3連戦も禁止されているというのです

そのような経緯から考えるに今後は地方大会でも甲子園でも金足農業高校の吉田輝星投手のように同じ投手が何試合も連続で登板するというのは難しいということになるのですが、それでも実はこの『1週間で500球まで』という目安はかなり甘々なものであるというふうに言われているのですね

 果たしてこれが選手の投げ過ぎを予防できる規定なのかには、はなはだ疑問が残るところだ。簡単にいえば中1日で150球を3試合投げることも可能になる。1試合での制限がないために200球でも300球でも投げることができる。投手の障害予防という点では1週間で500球という制限が、ほとんどザル規定でしかないことは明白なのである。

 これには元巨人の桑田真澄氏などの球界内の評論家をはじめ、球界外からも否定的な意見が多く「1週間500球以内の規定はあってないようなもの」という指摘は的外れではないだろう。

私は野球の専門家というわけではないため「1週間に500球」と言われてもどの程度の縛りとなるのかは感覚的には分からなかったのですが、それでも実際にはかなり緩いということのようなのですね^^;

そして実際に調べてみるとこのルールが決定した2019年から過去5年の甲子園大会、すなわち2015年から2019年の甲子園大会においてこの「1週間に500球」という規定をオーバーしていたのが吉田輝星投手だけだったというのです

吉田投手は所属するチームが秋田の公立高校ということもあり夏の甲子園大会ではすべての試合で登板し、決勝以外のすべての試合は完投したというのですが、実は2015年大会から2019年大会までの間でこの「1週間で500球」という規定をオーバーしたのがこの吉田投手だけだというのですね

もちろん吉田投手の投げ過ぎも大きな話題とはなったのですが、それでもこの甲子園での投げ過ぎ問題は以前から指摘されていたことなのですから、「吉田投手のみがオーバーしている」という状態では実質投手の選手生命を守ることにはならないというのは誰の目にも明らかであることでしょう

実際に過去の甲子園を遡って考えてみてもこの「1週間に500球」という規定をオーバーしているのはほんの数名の投手だけであり、早稲田実業高校の斎藤佑樹投手、駒大苫小牧高校の田中将大投手、済美高校の安楽智大投手などほんの数名しかいないのですね

まぁこのように実質「1週間で500球しか投げてはいけない」という制度は野球の素人である私から見てもほとんど機能していないということが分かるのですが、それでも実際には多くの野球関係者からはむしろこの『球数制限』を導入することに反対する声が上がっているというのです

一方で、高校野球の現場からは大甘の「1週間500球以内」でさえも猛反対する声が大きかった。

9月21日の第3回有識者会議の前に開かれた都道府県高野連理事長との意見交換会では「球数制限」の導入に反対する声が相次いだ。

そもそも甲子園大会でもこの基準をオーバーしているのがたった数名の投手であるということを考えると、この「1週間に500球」という規定はザルであるということは現場関係者の方であれば非常によく分かることだと思うのですが、それでも実際にはこの規定にも否定的な声が上がっているということなのですね

このような現場からの声を知るとこれまで何度も議論になりながらも投手の球数制限がなぜ長年実現しなかったのかということが非常によく分かるような気がするのですが、実際には現場ではこの規定にすらネガティブな声が上がっているということなのです

その理由としては「投手に球数制限をすると待球作戦をして投手を早めに降板させるような高校も出てくる可能性があるから」などというものもあることだと思うのですが、それでもやはり最大の理由は例えどんな球数であれ投手に球数制限をしてほしくないということなのではないでしょうか?

要は投手に球を投げさせるかどうかは現場の判断に完全に委ねるべきであり、どんな球数であったとしても大会側が「これだけしか投げてはダメ!」というような基準を作らないでほしいというのが本音なのではないかと思うのですね

『球数制限』という話題になるとどうしても野球関係者からは「弱小校と強豪校の差がより顕著なものになるのではないか?」という声も上がってくるのですが、それでも「1週間に500球」という基準であれば大した問題にもならないのではないかと思うのです

もちろんこれまでに数名の投手がこの基準を上回っていたことだと思うのですが、それでもそれは当時はこのような球数制限がなかったからであり、当時から「1週間に500球」という規定があったとすればそれらのチームもその規定に則ったまま勝ち上がることができたのではないかと思うのですね(あくまで“大抵の場合”でありすべてのケースにおいて当てはまる話ではありません)

そのような経緯から考えるにこの「1週間に500球」という規定は多くの批判の通りそれほど意味をなしておらず、極端に言えば「これまで通り」であるというふうに言えることだと思うのですが、それでも多くの野球関係者からはこの件に関して否定的な声が上がっているというふうに言われているのです

そのような点から考えるにいかに野球関係者がこの『球数制限』に対して否定的な見方をしているのかが分かることだと思うのですが、それでもその一方で「1週間で500球では意味がない」という趣旨の批判の声も多く上がっているということを考えると球数制限肯定派の方々の多くは「もっと厳格なルールにしなければならない」というふうに考えていることだと思うのですね

実際に選手たちを怪我から守るためには多くの球数制限肯定派の方々唱えているようにもっと厳しいルールにしなければならないことだと思うのですが、それでも私が思うには『甲子園大会』がある限りは実際にはそのような方針にするのは無理なのではないかと思うのです

要は私は甲子園大会がある限りはこのような「選手を怪我から守る」という信念は貫くことができないのではないかと思うのですね(-_-;)

『勝つための野球』から『育てる野球』へ

ここまで日本の高校野球において現場からは球数制限に対して否定的な声が上がっているということについて見ていったのですが、それでは日本以外の国であれば一体どのような対策がとられているのでしょうか?

実は高校野球に関する記事を多く書かれているライターの広尾晃さんによると日本以外の国の高校野球では投手の球数が厳密に制限されている国が多く、日本のように高校生の段階で多くの球数を投げるような国はあまり存在しないのだとか‥‥

すでに台湾、韓国ともに大会での「球数制限」を導入している。これは大きな驚きだった。

<中略>

「球数制限」は、アメリカやその周辺国では「ピッチスマート」という厳格なルールですでに導入されている。

私もこの事実に関してはまったく知らなかったため個人的に調べてみたのですが、現時点(2020年6月)で調べてみたところ韓国では高校球児の球数制限は『1試合において投げてもいい球数は105球までであり、75球以上投げたら中4日休まなければならない』という制度があるというのですね

日本の高校球児をベースに考えるととても考えられないような数字となっているのですが、実際には韓国ではここまで厳密な取り決めがされているということなのですね

日本では1試合における制限はなく、2019年11月に承認されたものも「1週間に500球」であることから、いかに韓国と比べて甘い取り決めになっているのかがよく分かることでしょう

韓国では75球投げれば原則中4日休まなければならないことから、どう頑張っても1週間で最も多く投げることができるのは210球となっているのですが、これは日本と比べればいかに厳しい制度であるのかがよく分かることだと思うのですね

またアメリカではもっと厳密に球数は制限されているようで年齢によって何球まで投げていいのかは違ってくるそうですが、現時点で調べてみたところ高校生の年齢である17歳から18歳までは1日に投げることができる上限が105球となっており、さらにアメリカもまた17歳から18歳の場合は81球以上投げた場合は中4日休まなければならないというのです(中には81球ではなく76球という情報もあります)

まぁこのようにアメリカや韓国では日本とは違い球数がかなり制限されていることが分かることだと思うのですが、私が思うにその背景にあるのは「プロになるために野球をしている」という姿勢なのではないかと思うのですね

実際に現時点で調べてみたところ韓国では野球部のある高校が80校ほどしかなく、また高校球児も3,000人ほどしかいないと言われているのです(日本では野球部のある高校が4,000校近くありまた2019年時点では高校球児の数は14万人以上いると言われています)

このような規模の違いを見るといかに韓国の野球人口が少ないのかということがよく分かることだと思うのですが、それでも重要なのは日本とは違い韓国の高校球児の多くは「プロになるために」野球をしているということなのですね

 日本では多くは、本格的な野球は高校までで、プロはもちろん、大学や社会人まで続ける選手は、全体から見ればごく一部だが、韓国では、ほぼ全員がプロ野球を目指している。

日本では多くの高校球児が「甲子園に行くために」野球をしている一方で、韓国の高校球児の多くは「プロになるために」野球をしているということなのですね

そして私が思うには日本と韓国、アメリカなどの球数制限における姿勢の違いの背景にはこのような野球に対するスタンスの違いの存在があるのではないかと思うのです

韓国やアメリカはプロになることを目指して野球をしていることからあくまで高校生の間は「成長」に重きを置いている一方で、日本の場合は甲子園に行くために、甲子園で優勝するために野球をしているということなのですね

そのような経緯から考えるに韓国やアメリカで重視されているのは『成長』であるのに対して、日本で重視されているのは『勝つこと』となっていることが分かるのですが、これが球数制限における姿勢の違いの最大の原因となっているのではないかと考えているのです

日本の場合は選手たちや監督、父兄の方々なども甲子園で勝ち上がってほしいというふうに考えていることから球数制限に否定的な方も多く、例え怪我をするリスクがあったとしても球数制限はしないでほしいというふうに考えているのではないかと思うのですね

私が思うにこのような韓国やアメリカと日本における姿勢の違いは野球という枠組みではなく、『部活動』の根本的なスタイルにあるのではないかと思うのです

私も他国の部活動事情にはそれほど詳しくないことからこの主張が正しいのかどうかは分からないのですが、私が韓国やアメリカの野球事情について知った際に最も驚いたのが部活動をする理由が「プロになるため」のものとなっているということなのですね

日本で言うとサッカーのジュニアユース、ユースがそのような姿勢となるのではないかと思うのですが、その一方で日本の部活動の多くは「プロになるため」に行われているのではなく「学生時代の間だけ」という前提の方が多いのではないかと思うのです

これは野球においても完全に同様のことが言え確かに大阪桐蔭高校や履正社高校など一部の高校にはプロになることを目指して野球をしている選手もいるのではないかと思うのですが、その一方で大半の高校球児は「野球は学生の間だけ」というふうに考えているのではないかと思うのですね

そして野球を含め多くの部活動がこのように「プロになるため」ではなく「学生の間だけ」ということになっていることから、それぞれの部活動には『集大成』となるような大会が最後に用意されているのではないかと思うのです

私が中学生の頃にはすべての部活動が大体6月頃に『総体』と言われる中学生活の集大成となる大会に挑んでいたのですが、野球もサッカーもバスケットも、そのほかバドミントンや卓球、陸上、水泳などどんな競技の部活でも最終的にはこのような集大成となるような大会がありその大会でこれまで積み上げてきたものを発揮し部活動生活を終えることになっていたのではないかと思うのですね

高校になってくるとこの最後の大会は部活動ごとによって変わってくるのではないかと思うのですが、高校球児であれば高校3年生の夏の大会が『集大成』と言えるものであり、多くの高校球児はその大会で勝ち上がることや活躍することを目指して日々練習することになるのではないかと思うのです

ここで大事なのは日本の部活動の多くは韓国の高校野球とは違い「プロになるため」「成長するため」にスポーツをしているというよりは、高校最後の集大成となる大会で勝つために努力をしているということなのですね

そのような経緯から日本の高校球児の多くも「プロになるため」や「有名大学に進学するため」に野球をしているのではなく、「甲子園に行くため」「甲子園で勝ち上がるため」に野球をしているのではないかと思うのです

要は韓国やアメリカなどの部活動(私は他国の部活動事情には詳しくないためあくまで韓国の高校野球をベースに考えています)は将来を見据えて成長するために部活動をしているのに対して、日本の部活動の多くは高校最後の大会で勝つために部活動をしていると言うことができるのではないかと思うのですね

そのような経緯から日本では韓国やアメリカのような厳密な球数制限がいつまで経っても実施されず、あくまで成長よりも甲子園で勝つことが優先されることになるのではないかと思うのです

とは言えこのような姿勢に対して多くの高校球児が批判的な考え方をしているのかと言われればそのような傾向はあまりなく、むしろ私が思うには「球数制限なんていらない」というふうに考えている高校球児のほうが多いのではないかと思うのですね

実際に2019年に大船渡高校の佐々木朗希選手が監督の采配で地方大会決勝戦で登板することができず花巻東高校に12対2で敗れたということを受けてあるスポーツ紙が他の現役の高校球児に「自分が佐々木投手の立場だったら投げると思うか?」と問うた際には多くの高校球児が「自分であれば投げる」というふうに答えたというのです

私が思うには吉田輝星投手も斎藤佑樹投手も田中将大投手も甲子園では確かに多くのボールを投げたのですが、それでもそれは必ずしも「監督に投げろと言われたから投げた」「チームのみんなから文句を言われるのが嫌だったから投げた」などという理由で投げたというわけではなく「自分が投げたいから投げた」という方も多いのではないかと思うのですね

実際に斎藤佑樹投手は過去に行われたインタビューにおいてこのように語っています

――球数制限導入賛成派の意見としては「将来性のある子供の選手生命を連投で壊すべきではない」との意見もある

 斎藤:それは分かります。プロ入りを目指して臨む選手もいるはずですから。ただ、あくまで僕の場合は、あの試合(駒大苫小牧との決勝戦)がなかったら今の自分はいないわけですから。むしろあそこまで“投げさせてもらった”という気持ちのほうが強いですね。

 ――もしあの夏、肩が壊れて野球人生が終わっていたとしても後悔はなかったのか

 斎藤:ないです。今でもそう思えます。「甲子園で優勝すること」が一番の目標でしたから。「投げ過ぎた」というよりは「投げさせてもらった」という気持ちのほうが強いですね。

もちろん佐々木朗希投手も本音で言えば大船渡高校のメンバーと共に甲子園に行きたかったでしょうから投げたかったことだと思うのですが、それでも仮に地方大会で多くの球を投げ故障でもしてしまえば同校の監督は国内外から多くの批判にさらされたことでしょうから、佐々木投手が地方大会の決勝で投げることができなかったのは無理もないことかもしれません

しかしそれでも私が思うにはこの『球数制限』の議論において最も難しいのは高校球児の当人たちも「自分が投げたい」というふうに思っているところなのではないかと思うのですね

仮に本人たちが投げたくないと思っているにもかかわらず監督やコーチ、父兄の方やチームメイトが半ば強引に勝つためにエースに投げさせているというのであればそれは問題だと思うのですが、実際にはそのようなケースよりも「例え怪我をしてでも投げたい!」というふうに考えている選手のほうが多いのではないかと思うのです

そのような点がこの『球数制限』の問題をより厄介なものとしているのではないかと思うのですが、それでも本当の意味で選手の成長を考え怪我を防止するためであれば、やはり甲子園という大会をなくすのが一番なのではないかと思うのですね

甲子園大会がなくなれば野球人気は急落する?

ここまで韓国やアメリカと日本の高校野球事情の違いについて見ていったのですが、仮に日本でも韓国やアメリカのように投手を大切にするというのであれば今のような過密日程の甲子園大会は中止にしたほうがいいということになるのではないかと思うのですね

そもそも日本の高校野球事情を考えると韓国やアメリカのように70球、80球程度投げたら最低は中4日の休養をとらなければならないという姿勢などとれるわけがありませんし、甲子園の過密日程でこのような姿勢をとればどのチームも早々と「投手がいません」という状態になることでしょう

もちろん甲子園大会を維持しながらもその中で投手の球数制限を徐々に導入することはできるかもしれないのですが、それでもやはり地方大会も甲子園大会もベスト16くらいになってくると連戦となるため投手が中4日の休養をとるなど絶対にできないのではないかと思うのですね

そのような経緯から考えるに日本の高校野球は地方大会も甲子園大会もその大会がある限りはどう頑張っても韓国やアメリカのように投手の球数を制限することはできないのではないかと思うのです

また先ほども見ていったように韓国やアメリカでは1日に投げることができる球数の上限が105球となっているということなのですが、日本の高校球児の中にこの制度を取り入れることに賛成であると考える選手が一体どれくらいいるのでしょうか?

私が思うに甲子園を目指すような選手の大半はこのような姿勢に反対なのではないかと考えており、むしろ日本の高校球児の感覚で言えば「105球」というのは上限としてはかなり低いものであるというふうに感じるのではないかと思うのですね

まぁこのように私は地方大会も甲子園大会もある限り日本の高校野球において韓国やアメリカのような球数制限を導入するのは不可能なのではないかと考えているのですが、それは大抵の方が同様な意見を持たれているのではないでしょうか?

また高校野球ファンの方の中には2019年で言う奥川恭伸選手のようなプロ注目の投手が大阪桐蔭や履正社のような強豪校と立ち向かい強打者を抑え込むという姿が好きであるという方も多いのではないかと思うのですね

仮に1試合において投げることのできる球数の上限が105球となれば強豪チームが相手の場合1試合完投することも中々難しく、奥川投手のようなプロ注目の投手が強豪校相手に立ち向かい完投勝利、完封勝利を収める姿などを見ることはできないということになるのではないかと思うのです

そのような経緯から考えるに高校野球ファンの方の中には球数制限は反対であるという方も多いのではないかと思うのですが、それでも本当に高校球児の成長を考えるのであればやはり厳密な球数制限が必要であることでしょう

アメリカのような厳密すぎる球数制限には「過保護である」という批判の声も上がっているということなのでアメリカほどに厳密に制限する必要はないかもしれないのですが、それでも日本の高校球児は明らかに投げ過ぎであり、そしてその背景にはトーナメント方式の問題があるのではないかと思うのですね

やはり日本の高校球児の多くはトーナメント方式の中で勝ち上がることを考えていることからどうしても中には無理をして投げ込む投手が出てくることだと思うのですが、それでもそのような姿勢こそが自らの選手生命を縮め最悪の場合は二度と投手ができなくなってしまう可能性があるということなのです

そのような経緯から考えるにやはり投手の身体を心配するのであれば地方大会も甲子園大会も中止にし、アメリカのようにリーグ戦を中心にするということが大切になってくるのではないかと思うのですが、それでも私が思うにそのような形式を本当にとるというのであればそれは日本の部活動という枠組みで考えるとかなり異例なものとなるのではないかと思うのですね

何度も繰り返すようですが日本の部活動の多くは「プロになるため」にするものではなく、学生生活の最後に大きな集大成となる大会を用意しその大会のために努力をするという姿勢が一般的な形となっているのではないかと思うのです

そのような経緯から高校野球においても多くの選手においての最大の目標は「プロになるために成長する」ということではなく、「最後の大会で活躍し勝ち上がる」、すなわち甲子園大会に照準を合わせているのではないかと思うのですね

これはサッカーでもバスケットでも陸上でも水泳でもそのほかどんなスポーツでも大抵は同じなのではないかと思うのですが、これが仮に高校野球が「プロになるために成長する」ということに重きを置くようになればリーグ戦を中心とするような形式になるのではないかと思うのです

要は高校卒業後のための成長の場として見なすことから、そこでは無理な練習はせず、またトーナメント方式のような体に負担のかかるような方式は避け将来を見据え着実に実力を身に付けていくことになるということなのですね

まぁこれに関しては将来プロ野球選手を目指すような選手たちからすれば非常にいいことだと思うのですが、それでも個人的には最大の懸念はリーグ戦形式を中心にし甲子園大会を中止にすれば国内での野球人気は一気に落ちることになるのではないかということなのです

野球にある程度詳しいという方であれば近年は野球離れが凄まじい速度で進行しており、野球人口も減少しているということはご存知の方も多いのではないでしょうか?

実際に私の地元でも以前と比べて溌剌とした野球少年を見る機会は減ったように思うのですが、それは多くの野球関係者や野球ファンの方が感じられているのではないかと思うのですね

しかし私が思うにはそれでも日本国内でまだ野球がサッカーと並ぶ人気スポーツという地位を獲得し、毎年多くの高校球児が誕生しているのはやはり『甲子園』があるからなのではないかと思うのです

実際に野球をしている高校球児の大半はプロになることもできず、高校で野球をやめる選手も多いことだと思うのですが、それでも毎年毎年多くの高校生がプライベートを犠牲にし野球に打ち込む背景にはやはり甲子園の存在があるのではないかと思うのですね

逆に甲子園大会がなくなってしまい高校野球が本当に「プロ野球選手になるための成長の場」となってしまえば、野球をする子供たちはグンと減ることになるのではないでしょうか?

以前と比べ地上波ではプロ野球が放送されることはほとんどなくなったのですが、その一方で2019年の夏の甲子園の決勝戦、履正社高校と星稜高校の一戦は日中の放送であるにもかかわらず15%もの視聴率を獲得したというのです

おそらく甲子園ファンのなかには「プロ野球にはまったく興味がないけれども甲子園は毎年欠かさず見ている」という方も多いのではないかと思うのですね

そして現時点で野球をしている野球選手の方のなかには「甲子園がきっかけで野球に興味を持った」「斎藤佑樹選手と田中将大選手の投げ合いを見て自分も野球がやりたくなった」という方も多いのではないかと思うのです

当然ながら高校野球はプロ野球や大学野球と比べるとレベルが低くプレーの質で言えばプロ野球よりも数段劣ると言えるかもしれないのですが、それでも国内でのスポーツ人気という意味においては甲子園大会は明らかに図抜けた人気を誇っていると言うことができるのではないかと思うのですね

多くの野球関係者の方が望むように選手の身体を考え厳密な球数制限を施し、高校野球を「プロ野球選手になるための成長の場」というふうに考えれば多くの投手が無理な投げ込みもせずにスムーズに育つことでしょう

しかしその代償として甲子園大会を中止にすることになれば国内では一気に野球人気が落ちることになり、競技人口もさらに激減することになるのではないかと思うのですね

まぁ私は甲子園のファンでありながらも当然ながら選手生命も大切だと考えているため、一概にどちらの立場であるというふうに言うこともできないのですが、それでも甲子園大会が開催される限りは本当の意味での球数制限は行えないのではないかと思うのです

そのような経緯から考えるに選手の身体を考えるのであればトーナメント方式の大会は中止にしたほうがいいものの、それと引き換えに払う代償はかなり大きなものになるのではないかと思うのですね

現時点でも「1週間で500球」という規定に現場からは否定的な声が上がっているとのことですから、今後この球数制限がより厳しいものになるというのは中々可能性の低い話なのではないかと思うのです

その事実はやはり甲子園大会の開催と厳密な球数制限を両立するのは無理であるという何よりの証拠なのではないかと思うのですね(-_-;)

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