Pocket

皆さんのなかにもこの『自尊心』という言葉を聞いたことがあるという方は多いことだと思うのですが、この単語は聞いたことはあるものの詳しい意味はいまいちよく分かっていないという方も多いのではないかと思うのですね

もちろん多くの方は『自尊心』という言葉を見れば何となくの意味は分かることだと思うのですが、それでも厳密な意味が分かっておらず「自尊心が高い」「自尊心が満たされている」というのがどのような状態のことを指すのかいまいちよく分かっていないという方も多いのではないかと思うのです

そこで今回の記事ではまずこの『自尊心』という言葉の意味についてじっくりと見ていき、後半では自尊心を高めるためにはどうすればいいのかということに関する私の考え方について見ていきたいと思います^^

現時点でこの『自尊心』という言葉の意味がいまいちよく分かっていないという方も多いことだと思うのですが、その内容については本章でじっくりと見ていくため、このまま読み進めてみてください^^

自尊心とは何なのか?

それでは早速この『自尊心』というものについて見ていきたいと思うのですが、ネットで調べてみたところこの『自尊心』という言葉に関しては以下のような説明がされていることが分かったのですね

自尊心とは、自らの価値を認める自己評価であり、自身を優れた存在・価値ある存在・意義ある存在であると位置づける気持ちのことである。

要は「自分は価値のある存在である」「自分は愛されるべき存在である」などというような認識のことであり、「自尊心が高い」「自尊心が満たされている」という状態は「自分は価値がある存在である」というふうに思えている状態であるということなのですね

その一方で「自尊心が低い」「自尊心が満たされてない」という状態は「自分は価値のない存在である」「自分は誰からも愛されない存在である」というふうに思ってしまっている状態であるということなのです

そしてここからは少し私個人の考え方について見ていきたいと思うのですが、私が思うに本当の意味で自尊心が高いという状態の方は自らに関してだけでなく他者に関してもまた「愛されるべき価値のある存在である」というふうに思えているのではないかと思うのですね

要は自らを含むすべての人に関して「愛されるべき大切な存在である」という認識を持てているからこそ、自らに関しても「俺は価値のある人間なんだ」「私は愛されるべき大切な存在なんだ」というふうに思えているということなのです

そのような経緯から考えるに本当の意味で自尊心が高い状態にある方というのは「私もあなたも彼も彼女も誰もが大切な存在である」というふうに思えているのではないかと思うのですね

その一方で例え「自分は価値がある人間である」というふうに思えているという方でも、例えば「サッカーが上手でアスリートとして活躍している俺はサッカーが下手なやつや運動音痴なやつよりも価値があるんだ!」などというように例え自らに関して「価値のある存在である」というふうに思えていたとしても、その背景に「自分は人よりも優れている存在だから」という思いがあるというのであればそれは「自己評価が高い」という状態であるとは言えても「自尊心が高い」という状態であるとは言えないのではないかと思うのです

要は自尊心が高いという状態にある方は自らを含めすべての人に関して「価値のある存在である」「愛されるべき大切な存在である」というふうに思えている一方で、例え「自分は価値のある存在である」というふうに思えていたとしてもその一方で他者を見下したりバカにしているような状態の方は決して「自尊心が高い」とは言えないのではないかと思うのですね

また当然ながら「自分は価値がない人間である」という認識を持っているという方は自尊心が低い状態であるというふうに言え、このようなタイプの方は自己評価も低く自尊心も低い状態にあるのではないかと思うのです

そのような経緯からこのようなタイプの方は劣等感が強く、自らが「愛されている」というふうに感じることもできないのではないかと思うのですね

大切なのは自らを含めすべての人に関して「愛されるべき大切な存在である」という認識を持てている方が「自尊心が高い」状態にあると言えるということであり、例え自己評価が高くとも他者を見下したりバカにしたりしているという方は「自尊心が高い」とは言えないのではないかということなのです^^

自尊心を高めるためにはどうすればいいのか?

続いては「自尊心を高めるためにはどうすればいいのか?」ということについて見ていきたいと思うのですが、その前に現時点で自尊心が低いという方が陥りがちな考え方について見ていきたいと思います^^

自尊心が低くさらに自己評価が低いというタイプの方たちは「俺は価値のない存在である」「私は誰からも蔑まれる惨めな存在である」などというような認識を持っていることだと思うのですが、このような方たちが「自分を好きになろう!」「自尊心の強い人間になろう!」と思った際に陥りがちなのが以下の2つの考え方なのではないかと思うのです

  1. 優れた人間になること
  2. 人から称賛されるような人間になること

要は現時点で自分のことを好きになれておらず自分が価値のない存在であるというふうに感じている傾向があることから、優れた人間や人から称賛されるような人間になれば自分のことを好きになれ自尊心を高く持つことができるようになるのではないかということなのですね

しかし実は私はこのような考え方にはいくつかの弱点があると考えており、そのような経緯からこのように考えてしまうと結局自分のことを好きになることができず依然として自尊心が低いままになってしまうのではないかと思うのです

それではこのような考え方の一体何が問題なのかということなのですが、まず1つ目の問題が「努力で改善することができることには限度があるから」というものとなっているのですね

当然ながら我々人間は努力によって改善することができるものには限度があり、例えば地頭の良さや身体能力、顔立ち、身長、スタイルなどは努力によって改善することがなかなか難しいのではないかと思うのです

そのような経緯から考えるに現時点で自分に自信を持つことができず自分のことを好きになることができないという方が「優れた人間になることによって自分に自信を持とう!」と思っても大抵の場合はどこかのタイミングで挫折をすることになるのではないかと思うのですね

どれだけ優れた人間になろうとしてもやはり努力で改善することができるものには限度があることから、このようなタイプの方は優れた人間になろうとしてもどこかのタイミングで「努力では改善することができないもの」に直面し自らに絶望することになるのではないかと思うのです

続いては2つ目の問題点について見ていきたいと思うのですが、2つ目は「他者の価値観に振り回されてしまうことになるから」というものとなっているのですね

これは主に「人から称賛されるような人間になること」を目指して努力をするというタイプの方が直面する問題となることだと思うのですが、要は人から称賛されるために努力をするというタイプの方は「自分がこうなりたい!」「自分がこんな人間になりたい!」などというふうに考えて努力をするのではなく、「人から良く思われたい!」「人から称賛されたい!」という思いを原動力に努力をすることになるのではないかと思うのです

その結果このようなタイプの方は人生から自分の意思がなくなってしまいとにかく人から良く思われることや人から称賛されることばかりを求める人生を歩んでしまうことになるのではないかと思うのですね

またこのように人から称賛されるような人間になることを求めて努力をするというタイプの方はどれだけ人から称賛されたとしても満足することができないことから、どれだけ人から称賛されても「もっと称賛されたい!もっと称賛されたい!」といつまで経っても満足することがなく永遠に満たされない人生を送ることになるのではないかと思うのです

確かに人から称賛されればその瞬間は「自分は価値がある人間なんだ!」というふうに思え満足することができるものの、それでもしばらく時間が経てば再び「人から称賛されたい!」というふうに思うことになることだと思うのですね

そのような経緯から考えるに人から称賛されるような人間になることを目指して努力をするというタイプの方は永遠と満たされることなく、さらに他者の価値観に振り回されながら生きていくことになるのではないかと思うのです

『優れた人間になること』『人から称賛されるような人間になること』によって自らのことを好きになるとする弊害はこのようなものであると私は考えているのですが、それでは現時点で自分のことが嫌いであり自己評価も自尊心も低いという方は一体どうすればいいのでしょうか?

私が思うに自尊心を高めるうえで重要なのは他者を信頼し、他者との間に『無条件の愛』を感じることなのではないかと思うのですね^^

他者との間に『無条件の愛』を感じる

人間である以上は誰もが自らに嫌いな部分があることだと思うのですが、それでも劣等感を抱く方と抱かない方がいるのはなぜなのでしょうか?

例えば「自分は頭が悪い」「自分は運動音痴でスポーツができない」「自分は容姿が悪い」などというように誰もが自分に嫌いな部分があることだと思うのですが、それでも劣等感とは無縁に生きることができているという方がいる一方で強い劣等感を感じながら生きているという方もたくさんいることだと思うのですね

当然劣等感が強いということは「自分は価値がない人間である」というふうに感じているということであることから自尊心が低いということなのですが、それでは一体どうすればこのような状況から脱却することができるのでしょうか?

私が思うに現時点で強い劣等感に苛まれており自尊心が低いという方がそんな状況から脱却するために必要なことは「他者を信頼し、他者との間に『無条件の愛』を感じる」ということなのではないかと思うのですね

それではこの『無条件の愛』とは一体何なのかということなのですが、それが自らを含めすべての人間に関して「愛されるべき大切な存在である」というふうに考えるということなのです

ここは非常に重要なポイントなのですが、大切なのは一切の条件を付けずに「愛されるべき大切な存在である」というふうに考えることなのではないかと思うのですね

要は自分を含むすべての人間は誰もがただ人間であるというだけで価値があり、さらにその価値には上も下もないというふうに考えることが大切なのではないかと思うのです

そして現時点で自尊心が低いという方は他者を信頼することができていないことから、「自分は誰からも愛されない存在である」という認識を持っているのではないかと思うのですね

他者を信頼することができていないからこそ「自分は誰からも愛されない存在である」というふうに考えており、「自分を愛してくれる人などいない」「自分は誰からも愛されない存在なんだ」などというふうに感じてしまっているのではないかと思うのです

これは以前他の記事でも書いたのですが、我々人間は本当の意味で他者の気持ちが分かることはなく他者の気持ちは想像することしかできないからこそ、自分たちが他者を敵だと思えば敵に見え、仲間だと思えば仲間として見えるということなのですね

例えば自尊心が低く自らに関して強い劣等感を感じているというタイプの方は「俺は誰からも愛されない惨めな存在なんだ」「自分は誰からも蔑まれる存在なんだ」などというふうに感じているのではないかと思うのですが、そのように見れば世界はそのように見えるということなのです

その一方で自尊心が高く自らが愛されているというふうに感じているというタイプの方は「俺は多くの人から愛されている価値のある存在なんだ」「自分を愛してくれる人はたくさんいるんだ」などというふうに感じているのですが、これもまたそのように見れば世界はそのように見えるということなのですね

我々人間は例え相手が親でも兄弟でも、祖父母、配偶者、親友、恋人であろうとも決して他者の気持ちが分かることはなく他者の気持ちは「想像する」ことしかできないのです

そのため我々人間は常に他者の気持ちを想像しながら生きているということになるのですが、そのような経緯から我々人間は他者を敵として見なせば実際に他者が敵として見え、逆に仲間として見なせば他者が仲間として見えるということなのです

自尊心が低く劣等感が強いというタイプの方は「自分は誰からも愛されない存在なんだ」「自分は誰からも見下される存在なんだ」などというふうに考えられているのではないかと思うのですが、このように考えてしまう最大の原因は「人間として劣っていること」ではなく「他者を信頼することができていないこと」なのではないかと思うのですね

他者を信頼することができず「自分は誰からも愛されない存在なんだ」というふうに感じてしまっている背景には「俺を愛してくれる人なんて誰もいないんだ」「人間はお互いに愛しあうような存在ではないんだ」というような人間に対する『不信感』の存在があるのではないかと思うのです

そのような経緯から「人から愛されるためには優れた人間になるしかない!」「人から称賛されるような人間にならなければ誰からも愛されないんだ!」というふうに考えてしまうことになるのではないかと思うのですが、大事なのは他者から愛されるために優れた人間になることではなく「どんな自分も愛してもらえる」という他者に対する信頼感を育てなければならないということなのですね

そしてこれは自らに関しても同様であり、自尊心が低いというタイプの方は自らを含め人間を極端に機能で評価する傾向があることから、そのような習慣をやめ自らもまた他者を無条件で愛し大切にすることが重要であるということなのです(機能=特定の能力や容姿、社会的地位や年収など)

自分が無条件で他者から愛され大切にされる存在であるというふうに感じ、自らもまた他者を無条件で愛し大切にする、このような関係を築ける方というのが私が思うに「自尊心が高い人」なのではないかと思うのですね

大事なのは自分が愛されるというふうに感じるために他者を「自分のことを愛してくれる存在なんだ」というふうに信頼し、そして自らもまた他者を無条件で愛し大切にしなければならないということなのです

そして他者との間に本当の意味でこのような関係を築くことができるようになれば例え人間として他者よりも劣っている部分があったとしても、例え自分が他者よりも優れた人間でなかったとしてもそれでも自らに価値を感じ「自分は愛されている」というふうに感じることができるようになるのではないかと思うのですね^^

Pocket